〈写真:6年生の部で優勝した珍部翔太君(左)=15日、出雲市大社町杵築東の出雲大社〉  野見宿禰相撲大会/小学生力士90人が熱戦/出雲大社神苑に歓声

 「野見宿禰わんぱく相撲大会出雲場所」が6月15日、出雲市大社町杵築東の出雲大社神苑相撲場でありました。同市内から90人の小学生力士が出場。繰り広げられる熱戦に、境内には歓声が響いていました。
 同大会は、子どもたちの心身の健全な成長と、相撲の始祖とされる野見宿禰にゆかりのある出雲に愛着を持ってもらうことを目的に、一般社団法人出雲青年会議所(山本仁人理事長)が主催。今回が11回目となります。
 開会に際し、大会会場の隣にある野見宿禰神社を出場選手や関係者全員で参拝し、大会の安全などを祈願しました。
 試合は、学年別に男女の区別なく行われ、行司の「はっけよい」の声に合わせて元気よくぶつかっていました。女子が男子を負かしたり、小柄な選手が大柄な選手に投げ勝つなどすると、観客から大きな歓声が上がり、力が均衡し勝負がなかなかつかない長い相撲には、拍手と「がんばれ」の声が飛びました。
 6年生の部で優勝した珍部翔太君(塩冶小)は昨年、5年生の部でも優勝。「連覇できてうれしい。決勝では自分のイメージ通りの相撲が取れた。全国大会ではまず初戦突破を目指したい」と話していました。
 4、5、6年の男子の部で優勝した3人は、8月に両国国技館(東京都)である「第40回全国わんぱく相撲大会」に出場します。

〈写真:6年生の部で優勝した珍部翔太君(左)=15日、出雲市大社町杵築東の出雲大社〉
 

 

 

郷土の偉人(26)

井上恵助
  (1721~1794)

浜山に防風林築く


〈写真:井上恵助翁研究会発行、藤岡大拙氏監修「浜山と井上恵助―砂との闘い―」表紙より(高松コミュニティセンター提供)〉 井上恵助は江戸時代、出雲平野西側の浜山と呼ばれる砂丘に、22年もの年月をかけて防風林を築き、人々の暮らしに大きな恵みをもたらした偉人です。
 南北約2・5km、東西約1km、最大標高約40mの浜山は、当時草木も生えず、強風が吹くときめ細かい砂が大量に風下へ飛ぶため、人々の生活や農耕の大きな妨げとなっていました。
 松江藩が農地開拓のため試みた植林事業が失敗する中、松江藩士の家に奉公していた恵助が研究熱心なうえ、浜山に近い浜村(現在の出雲市浜町)出身だったことなどから白羽の矢が立ちました。
 郷里に戻った恵助は過酷な自然環境のもと苦労しながら探究を重ね、苗がしっかり根付き、夏の乾燥にも耐える対策などを考案。保水力が高く、肥料にもなる藻粕(※1)を用いるなど工夫し植えた松苗が無事育つと、藩は、国禁の富くじ興行(※2)を特別に許可し、これにより得た資金で大量の苗木を購入しました。約115haに松90万本などが植えられると、周辺には田畑ができ、人も移り住める土地へと変わりました。
 防風林が繁茂して水持ちが良くなり、枯れない湧き水として有名な浜山湧水群は、「平成の名水百選」として親しまれています。

※1・藻粕=水草の茎や根株が腐って黒い泥   のようになったもの。
※2・富くじ=現代の「宝くじ」のようなもの。

 

〈写真:井上恵助翁研究会発行、藤岡大拙氏監修「浜山と井上恵助―砂との闘い―」表紙より(高松コミュニティセンター提供)〉