本震1カ月の朝・南阿蘇村

 熊本地震で15人が死亡するなど甚大な被害が出た熊本県南阿蘇村では、震度7を記録した本震から16日で1カ月を迎えた。午前8時には村内全域で一斉に鎮魂のサイレンが鳴り、村役場や避難所などでは犠牲者の冥福を祈って1分間の黙とうがささげられた。
 村役場では、職員や他の自治体から派遣された応援職員ら約50人が整列し、静かに黙とうした。村災害対策本部の副本部長を務める市原一生副村長(68)は「亡くなられた方に慎んでお悔やみを申し上げたい。また村に笑顔を取り戻せるよう、村民一丸となって頑張っていきたい」と述べた。
 村内では1000棟を超える家屋が損壊したとみられ、今も約900世帯で断水が続く。阿蘇大橋や俵山トンネルの崩落、鉄道の途絶など交通インフラの被害も深刻で、復旧の見通しは立っていない。市原副村長は「この1カ月間、村民の方は夢にも見なかったような状態の生活が続いた。村の復興はまだまだマイナスの状態だ」と表情を曇らせた。
 村内の避難者の半数近くが身を寄せる村立南阿蘇中学校の体育館でも、サイレンに合わせて鎮魂の祈りがささげられた。コメ農家の古沢育男さん(79)、ミサヨさん(76)夫妻は、地震で亡くなった増田フミヨさん(79)の幼なじみといい、体育館前で手を合わせて故人をしのんだ。
 「友達の中で1番元気がよかったのが増田さんだった」。育男さんは黙とうの間、増田さんとの思い出が次々に頭に浮かんだという。学校帰りに一緒にワラビを採ったり、時にはけんかもしたり。「終戦時の玉音放送も、小学校の校庭で一緒に聞いた」と涙ぐんだ。
 ミサヨさんは増田さんの4歳年下。雨の日にみのをかぶり、一緒に登下校したことを「今の子どもには想像できないだろうけど」と懐かしがった。夫婦で稲作をする水田は土砂崩れで大きな被害を受け、生活再建の見通しは立たない。ミサヨさんは「何もかもだめになった。これからどうすればいいのか」と肩を落とした。