膨大作業、難工事/被災熊本城に技術者

 あ石垣崩落や天守閣の破損など、大きな被害を受けた熊本城。文化財という特殊性もあり、元の姿を取り戻すには10年単位の歳月をかけた難工事が予想される。過去の補修や復元工事に携わった技術者は、「意地でも成し遂げる」と、地元のシンボル再建に意気込む。
 「武者返し」と呼ばれ、次第に急勾配になる曲線が特徴の石垣は数十カ所で崩落。石垣工事に高い技術を誇る林建設(熊本県玉名市)の林大作社長は、被害を確認し「西南戦争でも傷つかなかったのに」と言葉を失った。
 修復は小さな石にも番号を振り、文献や写真と照合して以前と同じ形に積み直す壮大なパズルのような作業。「一つでも間違うと復元できない。熊本城の石垣は特に難しい」と言う。経験が命だが、専門の技術者は全国でも少ない。林社長は「地元の意地に掛けて成し遂げたい」と力を込めた。
 城内の建物の多くを修復・復元してきた建設会社カワゴエ(熊本市)の川越一弘社長は「約60年の積み重ねが一瞬で消えた」と肩を落とす。13ある重要文化財は全て被災。「北十八間櫓(やぐら)」は石垣ごと崩れ、「長塀」は石の支柱まで折れて横倒しになった。また、往時の姿に復元を進めてきた建物も損壊した。
 修復はがれきの中から部品や木材を丹念に拾い出し、原則全てのパーツを再利用。古来の技法で再び組み上げる。石垣修復には上にある建物を「曳家(ひきや)」という手法で移動させる必要があるが、巨大で複雑な構造の天守閣や、角だけ残る石垣でかろうじて支えられている「飯田丸五階櫓」は技術的に難しい。川越社長は「移動できない建物は分解が不可避。そうすれば風合いが失われる」と危惧する。
 文化財補修の指揮ができる職人は九州でも10人ほど。天守閣は鉄筋コンクリート造だが、文化財の復元は古来の手法に沿うため、同様の工法が認められない恐れもあるという。
 川越社長は「相当の時間が必要で、復元の過程を観光に生かす工夫も必要だ」と訴えた。
 「文化財建造物保存技術協会」の武藤正幸設計室長は、阪神大震災で全壊し、再建に6年要した重文「旧神戸居留地十五番館」を例に、「建物数が多い熊本城は数十年かかる。修復方法を決めるだけでも相当の時間が必要だ」と予測する。

<写真(上):上に行くほど急勾配になる曲線が特徴の「武者返し」と呼ばれる熊本城の石垣は地震で崩れ、屋根瓦やしゃちほこが落ちた天守閣が顔をのぞかせている=11日午後、熊本市>
<写真(下):国の重要文化財に指定されている熊本城の北十八間櫓は倒壊しビニールシートで覆われていた=11日午後、熊本市>